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相模原を食べ歩く

2017.08.05

とんかつ「赤城」②

忙しそうな店長に話かけるのは、少しはばかられたが、タイミングを見計らって声をかけてみた。
「あの、ご主人」
「はい?どうなさいましたか?」
「ちょっとつかぬことをお尋ねしますが、『赤城』という店名の由来は地名でしょうか?」
「ああ、地名というか・・・・・」
妻と息をのんで返答を待った。もし人名で、単に赤城さんだった場合、どうしよう…
そこへ奥様が代わりに返答してくれた。夫婦で調理場を阿吽の呼吸で回していた奥様だ。
「わたしの亡くなった父の実家が群馬県でね、まあ地名といえば地名だね。赤城山が近かったから」
「そうですか、実は僕も赤城山のふもとで育ったもので、もしかしたらそうだと思ったんです」
「あらそう、奇遇ねえ、まあ年に数回お墓参りに帰るだけだけどねえ。知ってるかい?国定(くにさだ)駅のある村なんだけどね」
僕の村に隣接する村だった。ご主人と一緒に帰省するらしい。
「そうですか、お隣さんですね。ではやはりこのとんかつは赤城山を模しているわけですね?
すそのは長し、赤城山」
ぴんと人差し指を立てる。
ご主人と一緒に笑ってくれた。

と、ここから話が思わぬ旋回をし始めた。



「実はこいつのお義父さんはもともと劇団員だったんだ」
「そうね、時代劇とかの殺陣のシーンに登場してたのよ」
僕はうなずいて聞いている。
奥様は懐かしそうな表情を浮かべながら話している。
「芸名をさ、『赤城』にしてたんだね。『赤城エイジ』って名でさ。その名前をもらったんだよ」
「そうだったんですか…いやいや、実はこの店名を見たときに人名か地名かどちらだろうと思ったんです」
そう、どちらも正解だったんだ。最初にご主人が答えづらそうにしていたのは、そういうことだ。
「地名であり、人名でもあったわけですね」
「そうだねえ」
みんなでハハハと笑って会計を済ませた。
お店を切り盛りしているもう一人の女性が人懐っこい笑顔でまたねと言ってくれた。
また来ようと思った。
話がきれいに着地したと思う。記念に記す。

2017.08.05

とんかつ『赤城』①

千代田4丁目にある行列のできるお店、『赤城』を再訪した。
たぶん「赤城」という店名に妙な感慨を覚えるのは、相模原広しといえども僕くらいかもしれない。
僕は群馬県出身で、群馬三山(上毛三山)のひとつ「赤城山」のふもとの寒村で生まれ育ったからだ。
※「群馬上毛かるた」という群馬県民は必ず少年期に学校で暗記させられるかるたにも赤城山は登場する。

 「す」そ野は長し 赤城山
※五十音すべて群馬の地名・偉人・建築物・名産で成り立つかるた。このかるたを通じて、こどもたちは知らず群馬県の特徴を覚えていく。
そして、群馬県民であることへの帰属意識と、無限の誇りと愛情をかるたから学ぶ。最強の県民教育だと思う。洗脳と紙一重だ。

検索してみるといいと思う。確かに大きく左右に広がっている赤城山は、まるで僕たちを包み込んでくれるようだからだ。父親に教わったのだが、赤城山の外観は「女性が横たわったようだ」と例えられる。
見えなくもない。ううん、もはやそうとしか見えない。
今や年に2,3回しか帰省することがなくなった実家だけど、帰るといつも赤城山が上体をちょっとだけ起こして「あら、おかえり」とささやき、僕は「ただいま」とつぶやく・・・


 前置きが長い。閑話休題。いつも脱線する。
そもそも、店名が関係しているのかどうかも実はわからなかった。

  1. 地名(赤城山)が由来だ。
  2. 人名が由来だ

もし2だったらお恥ずかしい話だと思う。今日で3回目の赤城だけど、今日こそ胸につかえた小骨を取るべきだだった。地名なのか、人名なのか・・・


特製とんかつ
この厚さに驚く。400g?500g?
大きいだけ?いえ、味がおいしい。
噛んだ瞬間、衣がガリっとしてて(カリじゃない、「ガリ」だ)、噛んでいるうちにロースの脂身部分の「甘さ」が口の中に広がっていく・・・
ふと、ある洞察が去来して僕を支配した。
そいつは「インスピレーション」と呼ばれている。
このとんかつの外観はきっとそう、赤城山を模しているのではないだろうか
そう推察した。
ああ、とんかつが、女性の横たわった姿に・・・
やめておこう。
僕は、「ただいま」を飲み込んで、ご主人に声をかける。(次号につづく)

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